スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


退屈のわけ


ブロンズィーノ《愛のアレゴリー》
「マニエリズム」といえば一番に出てくるのがこの画。「マンネリ」の語源となった「マニエリズム」ですが「マンネリな絵画」をイメージさせるものとは違います。
簡単に言うと、ミケランジェロの開発した手法(マニエラ:今風に英語で言えば「マニュアル」ということでしょうね)が高く評価されるとともにそれを模倣する人たちが現れる。すると今度は、その模倣者たちの作品(マニエリズム)は型にはまった力のない作品だと非難する人が現れる。そこから「マンネリズム」という言葉が生まれた、というわけです。マニュアル人間はマンネリ人間でもあるわけですね…
 

 

以前にも触れましたが、テレビの視聴率低迷が止まらないみたいです。

最近、多分現在の視聴率男No.1であること間違いなしの明石屋さんまさんがテレビで「この頃テレビが面白くないような気がする」という発言をするのを何度か目にしました。

やしきたかじんさんが病気から復帰し、先週から番組に登場されています。私は番組MCとしてのたかじんさんのファンでもあるので興味を持っていたのですが、そのたかじんさんが復帰早々の番組の収録現場か何かで「AKB48が嫌いで、テレビ番組で『A…』と聞いただけでチャンネルを変える」と発言していたとのこと。

最近のテレビというと、檀蜜さんというアラサ―のセクシーグラビアアイドルがやたら露出されています。実は私、たかじんさんにとってのAKB48と同様に、最初は檀蜜さんの『ダ…』の字を聞くとチャンネルを変えていました。いい歳の親父とはいえ私も一塊の男なので、セクシーな女性が決して嫌いなわけではないのですが、何かテレビで檀蜜さんを見ると「イタイ」感じがして正視していられない気になるのです。でもそのうち慣れてきて、今は全く気にならなくなってしまいました。ただ、彼女が画面に現れると必ずしばし番組MCや共演者から「セクシーいじり」があるのを見せられるのは退屈ですが。

退屈といえば…たしかにAKB48のメンバーが出てくる番組というのは退屈です。また、お笑い芸人さんたちがたくさん出てくる番組も、運動会やカラオケ大会みたいな番組は「テレビ番組じゃなくて身内でやってください」という感じです。

私は、昨今のお笑い芸人さんたちの芸や話術みたいなものはすごくレベルが高いと思っていて、芸やトーク主体の番組は決して退屈とは思わないのです。彼らの「人を笑わせる技術」は鍛え上げられています。でもそれは希少な資源なので、これほど多くの番組を埋め尽くすほどの絶対量がありません。ひどく希釈され、使いまわされて、せっかくの「高い技術」もテレビ番組を魅力あるものに役立っているものは僅かです。

ドラマの類は…以前「踊る…」の悪口を書きましたが、テレビドラマは全くといっていいほど見なくなりました。それこそ、文字通り「退屈」としか感じられません。(最近では「信長のシェフ」と「泣いたらあかんで通天閣」はなぜか退屈せずに見ました)

メディアが増えた…というのは勿論ありますし、その中でテレビのウェイトは下がっているでしょう。

そして、退屈…「退屈しのぎ」がコアコンピタンスであるはずのテレビの最大の問題が「退屈」とは…。

人はなぜ退屈するのでしょうか。それは、期待した以上のもの、期待した以外のものが出てこないからです。

そういえば檀蜜さんは、どうしてそんなにセクシーでいられるのかと聞かれたところ「セクシーでいるにはあきらめが必要」という興味深い答えを返していました。どういう意味かと言うと、自我をあきらめて男性(カメラマン等)が求めてくるものに無心に応えることが必要、ということでした。やはり突き抜ける人は考えています。

そして、檀蜜さんのセクシーは彼女の個性ではなく、男性が女性に求めるもののステレオタイプな鏡像なのです。

だから、中には私のように檀蜜さんのセクシーさを「退屈」と感じてしまう人間も少なからずいるのかも知れません。

テレビを再び退屈でない存在にするためには、視聴者が期待する以上のもの、期待する以外のものを見せていくことが必要でしょう。

一時「おバカタレント」さんたちが視聴者ウケした時期がありましたが、あの現象はあきらかにタレントさんたちが「視聴者の期待以外」の反応をたくさん示したからだと思われます。その証拠に、彼らが芸能界で活躍を続ける中で徐々に常識を身につけていくことで「おバカタレント」としての魅力はほとんど消えてしまいました。要するに、タレントさんたちはおバカでなくなる一方視聴者のおバカさんに対する予測の精度が高くなり「期待以外」の発生がなくなってしまった、ということなのでしょう。

テレビも一般家庭に登場して50年近く。これ以上に一般の人々に影響を与える媒体はもう現れないだろうと思っているうちにウェブが普及しだして15年近く。どのような媒体も黎明期のインパクトは薄れ、時とともにマンネリ化していきます。

期待以上・期待以外…このマンネリを打ち破るキーワードはこれなのかも知れません。



ジュゼッペ・アンチンボルト 《四季「夏」》
この画家は、果物や花などの静物を集めて肖像画を描いたことで有名。
後のダリを代表とするシュルレアリストたちも好んでこのような「だまし絵」を画きましたが、この人はそういう手法の魁かも。なんだ、決してマンネリじゃないじゃないですか。


http://digitrek.co.jp/


スポンサーサイト


コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

家の噺

長期間更新を休止しておりましたが、復活させることにいたしました。今後ともよろしくお願いします。