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未来のイメージ



マックス・エルンスト 上:『都市の全景』下:『灰色の森』
エルンストの「月」2選。100年後も、月はおそらく今と変わらない姿を見せているでしょう。月が見下ろす地球上の人間たちの暮らしがどのように変わっていようとも。月を見上げている人間に一人として100年前と同じ人間がいなくとも。


性能向上のため休止していた欧州合同原子核研究機関(CERN)の大型加速器LHCが2年ぶりに再稼働するそうです。過去、8TeVで陽子同士をぶつけて、ヒッグス粒子の発見に至るなどしていたものが、今度は13TeVと倍近いエネルギーで陽子同士ぶつけることで、現在人類にとって最大の宇宙の謎の一つであるダークマター(暗黒物質)粒子の発見が期待されているとのこと。
話は変わって、先般、小林朋道さんという理学博士の書かれた「ヒトの脳にはクセがある」という著書を読みました。本の帯の『ヒトはなぜ時間の始まりと宇宙の果てをイメージできないのか』という文言に強いインパクトを受けたからです。というのは、かねてから「宇宙物理学の下手の横好きマニア」を自称する私にとってずっと疑問だった…というよりも、自分の頭の出来が良くないせいだと悩みにすらなっていたこの問題がそのまんま言葉となっていたためです。書店の店頭でこれを見つけた私は、購入して帰宅するや否や一気に読み通してしまいました。
そして、ちょっとだけ安心しました。ビッグバン、インフレーション理論、マルチバース宇宙論、超ひも理論、それやこれやのことが書かれた一般人向けの本をいくら読んでも、これらについての「具体的な」姿が頭の中にイメージできないのは必ずしも自分の頭のできの問題ではなさそうだ、と、この本を読んで思ったからです。研究者の方々は理論・論理を追跡し、そこから生まれた仮説を加速器をはじめ様々な手法で検証し、ということを繰り返しながら真実に迫っていくことを続けていらっしゃるのでしょうが、たとえそうした最前線の研究者の方々といえども、理論の道筋の説明はできても、そのことについて「具体的にイメージ」できるかどうかは別問題ということのようです。
また話は変わって、というか話は戻って、冒頭に触れた加速器に関してですが、LHCに限らず、世界的にも、日本国内でも、毎年加速器や望遠鏡の類にそれなりの予算がかけられています。こういうお金は金額規模から言っても投資の意味から考えても企業レベルのものではなく国家レベルのものがほとんどだと思いますが、国家レベルであるにしてもやはり目線の先には何らかの「実利」が存在しなければこんな大きな投資がなされる訳がありません。
全く興味本位でしかない「宇宙物理学の下手の横好きマニア」の私には、ヒッグス粒子やダークマター粒子の発見がどのような実利につながるのか全く想像がつきません…が、考えてみれば、アインシュタインが特殊相対性理論や一般相対性理論を構築した頃一般の人には、それが何の役に立つのかなんて想像もつかなかったでしょう。しかし、100年後の今(調べてみたら、アインシュタインが一般相対性理論を発表したのは1915年、ちょうど100年前でした)、宇宙開発等の分野でこれらの知の蓄積は実用的にも不可欠のものとなっています。
つまり、ヒッグス粒子の存在を認識していることも、100年後には「実用的に」不可欠になっているかも知れません。
またまた話を戻して、小林朋道博士は「ヒトの脳にはクセがある」の中で、人間の脳も他の生物同様、生物的に必要な機能しか持っていない、という主旨を論じておられます。つまり『時間の始まりと宇宙の果てをイメージできない』のは、人間が生物的にそれをイメージできる必要がないから、ということになります。
どちらにしても、近々医学が人の不老不死の手法を開発しない限り(近々のそれはあり得ないと思いますが)今「ヒッグス粒子の発見は将来現実にどんな役にたつのだろう」というようなことを考えている人も考えていない人も、ほぼ全員100年後の状況を見ることはできません。今生きている人の誰もその「実効」を享受することはおろか見ることも感じることもできない事業に膨大なお金や能力や労力を注ぎ込むこと。それが未来をつくることなんだ、ということを理解はできてもイメージできないのは、自分の能力の問題ではなく脳がそういうふうにできているからなんだろうな、となんとなく理解しました。
 


 

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