スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


Begin the …



上:ギュスターヴ・モロー『オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘』
下:ジョージ・フレデリック・ワッツ『オルフェウスとエウリュディケ』
オルフェウスはギリシャ神話に登場する、竪琴の名手で吟遊詩人の青年。妻エウリュヂケを亡くし、黄泉の国に迎えに行くくだりは古事記のイザナギがイザナミを迎えに行く話と通ずるところがあります。妻をなくしたオルフェウスは彼に激しく恋する女神たちに見向きもしなかったため、かわいさ余って憎さ百倍で怒り狂った女神たちに八つ裂きにされてしまいます。三島由紀夫は若い女性を熱狂させていたエルビス・プレスリーをオルフェウスになぞらえていましたが、南欧の歌神といった感じのフリオ・イグレシアスなんてもっとオルフェウスっぽいですね。

数週間前の話になりますが、テレビのスピーカから流れる懐かしい曲にちょっとビックリしました。
Begin the Beguine…ご存じでしょうか。Julio Iglesias(フリオイグレシアス)1981年の曲だそうです。(https://www.youtube.com/watch?v=89KG7jNi1qg
約30年前に、短期間ですが頻繁に聞いた曲です。それきりご無沙汰でしたがイントロを聞いた途端「あの頃」の気分が蘇ってきました。
ホンダ ジェイドのCMです。車のCMにはしばしばかなり古い曲やスタンダードナンバーが使われます。落ち着いた、普遍性と高級感を感じさせる、そして滑らかな、そんな曲が車のCMには好まれるようです。たしかにこの曲も、そんな一つかも知れません。がしかし、あまたあるそのような曲の中で、なぜ、今、この曲なんだろう、という疑問は残ります。この曲が、約30年前に日本の有名メーカー企業のある商品のキャンペーンに使われたことを記憶されている方はどれくらいいるのでしょうか。
憶えている方は憶えていますよね。―Begin the Technics―当時の松下電器のステレオのキャンペーンに使われたものです。なぜ、30年も経った今、車のCMにこの曲が…私が小さな疑問を持ったのも納得していただけるのではないでしょうか。
あの、ラテン男の、これでもかっ!というほど色気あふれる容姿、そして、なんといっても、甘い、とにもかくにもまったりとこってりと、甘い、歌声。
あのころ、オーディオ各社はシスコン、ミニコンと言われる商品の販売にしのぎを削っていました。一方消費者である若者は、オーディオを暮らしに不可欠なものとして求めていました。
考えてみると、あの頃というのは、音楽も、それを享受するための機器も、そして音楽市場を形成する当時の若者のマインドも、一種の転換期だった気がします。
機器は、重厚な家具のようであった『ステレオ』の流れを汲むシステムコンポからミニコンポ、コンサイスコンポと呼ばれるコンパクトなものに変わりつつありました。―Begin the Technics―のキャッチフレーズで市場導入した松下電器の製品も、まさに「コンサイスコンポ」でした。流行の音楽も、洋楽邦楽ともにそれまでどこかしら権威権力や社会に対する反骨精神を秘めたものであったのに対し、気分や気持ちをテーマとした軽い感覚のものへと移り変わる時期でした。そして、若者は自分のアイデンティティを証明すべく目の色を変えて音楽を聴くのではなく、生活のBGMとしての音楽を欲するように変わっていきました。フリオイグレシアスの、あの甘い甘いラテン男の歌声は、地中海沿岸かカリブ海沿岸の高級リゾートにいる「気分」を聴く者に与えました。そういう時代の雰囲気にミートするねらいで松下電器もこの曲を選んだのでしょう。
少しだけこのキャンペーン企画に関わっていた私にはしかし、この選択には大いに疑問でした…このとろっとするほど砂糖を入れたコンチネンタルコーヒーのような歌声を、当時の日本人のどのような層が魅力と感じるのだろうか、と。本来主ターゲットであるはずの若者層は先に触れたとおり既にいろいろな意味で軽快かつ爽快なものを好みだしており、濃厚かつ激甘なこの雰囲気がミートしないことは自明でしたし、ターゲットではないもののラテン男のムンムンエロスに酔ってくれる中年女性という存在があるにはあるだろうが、決してマスではないというのも誰の目にも明らかでした。結局相当ピントはずれのこの選択は、広告代理店の横暴であったのではないかと今になって思います。日本国内ではあまり知られていないが世界では大ヒットしているスーパースターが、今なら、うちなら、使えますよ…という広告代理店の手前勝手な売り込みにメーカー担当者が安易に乗ってしまった…なんてバブル時代にありがちな光景を想像してしまいます。
案の定結果は芳しいものではなく、もともと若者から不人気であった松下ブランドはこれ以降もオーディオの消費者層を惹きつけることに成功することはありませんでした。
それでも…冒頭書いたように、イントロを聴いただけで蘇ってくるあのころの「時の匂い」…これはこれで、キャンペーンに役立ったかどうかは別問題で、曲の甘く切ない雰囲気は人を否応なくノスタルジーの世界に引きずり込む力があります。
さて、30年以上も前のことを長々と書いてしまいましたが、翻って、今現在の「時の匂い」ってどんなものなんだろう、と考えると、どうもなんだか無味無臭なんですよね。つまり、今って、あんまり「時の匂い」を感じないんです。これは私が歳をとったということもあるのでしょうが、それを差し引いてもやっぱり「匂い」がない気がします。
70年台後半くらいのアメリカ西海岸ブームを皮切りに次々と押し寄せた流行の波にはいつも「時の匂い」がまとわりついていました。ランウェイに次々現れるモデルがそれぞれの作品のコンセプトに合致した香水の香りを漂わせているように。それが、90年台になるとパタッとなくなった気がするのです。
「無臭」が好まれる時代になったのか、あるいは世界から「匂い」成分が失われたのか、なんなんでしょうね、この現象は。でも私、単にノスタルジーからだけでなく、「匂い」がある方が好きだなぁ。だって、料理でも酒でも「香り」はキモですものね。何とか「匂い」消失の原因解明と、できれば復活の道を見つけてみたいなと思っています。
 

スポンサーサイト


コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

家の噺

長期間更新を休止しておりましたが、復活させることにいたしました。今後ともよろしくお願いします。