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enfant terribleについて


アメドア・モディリアーニ「ジャン・コクトーの肖像」


コクトーは多才な人でありました。小説家、詩人、劇作、映画制作、音楽制作…そして、絵画制作も行いました。

超久しぶりに、「アンファン・テリブル(enfant terrible:恐るべき子どもたち)」という言葉を目にしました。といっても、20年ほど前に浅田次郎さんが書かれた「勇気凛凛ルリの色」を今さら読んでいて出会ったものです。ジャン・コクトーが1929年に執筆したこの中編小説のタイトルを最初に私が知ったのは大学生の頃…つまり、ほぼ40年前でした。と、分かったようなことを書きながら、考えてみれば私、コクトーのこの作品を読んではいません。今さらながらに、読まねば…
私が最初にこの作品名である言葉を知ったのは、三島由紀夫さんの「午後の曳航」の書評か何かだったと記憶しています。
小さなタグボートが巨大な艦船を曳いて導くように、子供達が「栄光への道程」を逸れ始めた「海の男」を「真の栄光」へと導いていく…その「真の栄光」とは「輝ける死」である…というところが三島作品のミソなのですが。その「タグボート役」がenfant terible。道を逸れかけている「海の男」を「輝ける死」に導くために、猫を相手にシミュレーションをしたりします。というところで思い浮かぶのが件の神戸児童殺傷事件。
先にも書きましたように、私はコクトーを読んでいないのですが、少なくとも神戸の事件の何十年も前にenfant terribleは小説に描かれていました。事件当時、ニュースを見て三島さんの「午後の曳航」を思い浮かべた人も結構いたのではないでしょうか。
でも私、40年経って気づいたんですが、三島さんに、見事にハメられていました。「午後の曳航」のenfant teribleは何のために猫を殺し、死体を損壊したのか。そんな行為に動じない「ダイヤモンドのように硬い」自らの心ないし意思を確認するためです。ってそれ、実は動じる自分の気持ちを知り尽くしてんがなっ!これを読んだ当時ティーンズの私は「ダイヤモンドのように硬い心」に憧れ、自分が動揺することなく猫を殺せるか自問して、それを持たない自分を情けなく思ったものです。今分かりました。三島さん、騙しましたね。「午後の曳航」のenfant teribleは、実はenfant teribleではなかったのです。「タグボート役」を果たすために、自らを励まして「ダイヤモンドの心」を装おうとしていました。それは小説家三島由紀夫そのものでもあったでしょう。
でも、酒鬼薔薇聖斗は違います。彼は疑いなく「ダイヤモンドの心」の持ち主です。彼が猫を殺し死体を損なうとき、心に動揺はなかったでしょう。一種の高揚はあったかも知れませんが。その行為は彼の内なるサディズムの欲求から生まれ、みじんも不自然な点はありませんでした。思春期に性的欲求が生まれるように、彼には自然に殺す欲求が生まれていたのです。なので、彼の心は「午後の曳航」に描かれたようなドラマとは無縁であり、葛藤も抑揚もない退屈なものであったはずです。三島さんはそこまで知っていました。知りながら、この「退屈な事象」を驚くような緊張感漂うドラマに作り変えたのです。天才三島は、未来に取材して小説を書いていました。読者である私は40年後に騙されたことに気づきました。
私は酒鬼薔薇聖斗の書いた本を読む気はありません。それは、多くの人の言う、被害者のことを考えると…とか、あのような犯罪を収益化するのは…とかいった「良識」のためでなく、単につまらないと思うからです。「午後の曳航」より面白いことは絶対にないはずです。だって、天才小説家が単純な事件を題材に(三島さんがこの小説を書いたときにはまだこの事件は起きていませんでしたが)渾身の力でフィクション化したものですから、元となった事件の犯人が書いたものと比べ物になるわけがありません。

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